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~ 人類学者の徒然なる詩考と猛想 ~

日本滞在中です[LHASA・TIBET]

Daisuke Murakamiのチベット駐在日記

方々から、ラサ駐在日記をはやく更新しろ!と大クレームが聞こえてきそうです。

現に、聞こえています(笑)。

 

どうもすみません!

二週間ほど前、チベットから大阪国へと帰国しましたが、

これから数回にわたって「日本滞在記」を書きたいと思います。

 

 

 

 

とはいいつつも、

日本にいるとはいいつつも、「チベット」とは離れられないこの身・・。

先日、大阪・梅田ハービスのセミナールームで、風のカルチャー講座の一環で

チベットの話をした。

 

「ラサの<空間性>から見えてくるチベット文化」

 

という、我ながら入り組んだテーマで、二時間半話したのだが、

来ていただいた大勢の方は、もしかすると、内容的にちょっと翻弄されすぎたのかもしれない・・。

話す方は、このような領域横断的なタイトルだと、実は話しやすいのだが。

 

(セミナールームで講義中)

 

チベットは日常の宗教空間から、それを取り囲む都市空間・政治空間まで、

大小・強弱様々な入れ子が入り組んだ異様な多様体がせめぎ合って出来ているので、

このぐらい「歪な」タイトルのほうが、

チベット仏教のみを全面に押し出すよりも、リアル・ラサを体現しやすいと思ったのである。

 

(と、正当化してみたが、やはり、統率がとれていなかったかも・・

話すって(流れるように話すって)本当にとても難しいです;苦笑)

 

* * *

 

ところで、

僕が今住んでいる場所は、大阪の吹田市

1970年の大阪万博跡地の近くであり、

家のそばに、緑に恵まれた巨大な公園が広がっている。

そこをジョギングするのが夕方の僕の習慣となっている。

 

(いつものジョギング道)

 

― ジョギングという行為。

 

これは、あらためて考えてみると、ちょっと不思議な行為である。

つまりは、ある特定の文化に限定されたある種の「風習」のように思えてくることがある。

 

例えば、

チベット・ラサで現地人がジョギングを楽しむという光景は、まず見たことがない。

Tシャツ半パンで、顔を真っ赤にしながらジョギングにいそしむ人をバルコル近くで見かけたとすると、

チべタンの9割ぐらいは、「彼(女)は気が狂っている」としか思えないであろう。

 

肉体の健康のためだけに「走る」、走るためだけに「走る」というのは、

おそらく伝統チベット人の目には、非効率的かつ非人間的で、想像に余りある行為に

映るのではなかろうか。

 

そう、

チベット人には、「走る」前に、やることがあるのである。

五体投地である。

そして、遠方への聖地巡礼

 

ただただ肉体のみを酷使するのではなく、精神も心も総動員した、

身体の働きがチベット宗教文化の中で深くインプットされているわけで、

これは何世代にもわたってチベット民族が体得してきた心身エクササイズである。

 

(バルコルでジョギング!?)

 

ためしに五体投地をしてみよう、富士山頂と同じ高さのラサで、ジョカン寺前で。

心と体が連動した「スクワット運動」であるとすぐさま分かるであろう。

 

十年前、僕は長いチベット滞在を終えて、そのままロンドンに帰ったが、

近くの公園でイギリス人たちが、赤ら顔で呼吸困難気味の苦しみの極限の中

ジョギングしているのを見て、とても「こっけい」に思ったものだ。

なんて不健康な奇行なんだろう・・と。

 

(ジョギング道の高台で見える夕焼け)

 

そして、今。

ジョギングに対する逆カルチャーショックは、とうに消え失せ、

日本滞在中では欠くことのできないルーティーンとなっている。

 

僕もきっと赤ら顔になっているのだろう、呼吸困難気味の。

30分ぐらいしか走れないのだが、きっとあの『走れメロス』の短編に出てくる、

僕が小学二年生のときに最初に覚えた四字熟語、「疲労困憊」の体(てい)で。

 

ラサにいるチべタンの友達には、絶対に見せることのできない体である。

 

Daisuke/Murakami

 

 

10月6日

(ラサの)天気: 晴れ

(ラサの)気温: 8~18度

 

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