~ 人類学者の徒然なる詩考と猛想 ~

ブータン印象記 [LHASA・TIBET]

大変、ご無沙汰してしまいました、この駐在日記。

先日ようやくラサに帰ってきました。

いよいよ再開です。

 

久しぶりのラサは、先月の政治式典の残骸があちこちに散見されるものの、

いつもの夏のラサに戻りつつあります。

いつもの茶館、いつものバルコル、いつもの警備、いつもの観光客の賑わい。

 

ところで、雨季の影響でラサは曇りがちです。

この文章を書いている今も、外は雨。

冷気が目の前の窓から入ってきますが、

日本のインターネットニュースを見ると、ラサのこのヒンヤリした空気をそのまま

猛暑の続く東北地方のみなさんに送ってあげたい気持ちになってきます。

 

 

 

 

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(パロ-ティンプーの間にて)

 

さて、ブータン

今回は、風本社からの依頼で現地ガイドの研修も兼ねてブータンへ行ったのだが、

Bhutan Kazeの社長シンゲさんをはじめ

多くの方々のおかげで、楽しい旅をすることができた。

すべての関係者の皆さまに感謝したい。

 

ラサに長く住んでいる僕にとって、

ブータンのあの「のどかな」雰囲気や王家の存在に触れるにつけ、

いろいろ考えさせられることが多かったが、それは別のところで書こうと思う。

 

ここでは少し、ブータンの田舎について。

 

ブータンに来られるみなさんは、ぜひ田舎に行くべきであろう。

できたらホームステイなどをするのがいいだろう。

そして、辺りをふらふら散策してみよう。

 

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(「きんいろの、はな~びら、ち~ら~して~♪ ふり向けば、まば~ゆい、

そ~おげん~♪ 雲間から光が射せば・・」 ポブジ谷にて)

 

あの照葉樹林で覆われた深い山々、広がる草原、点在する村と棚田・・

そして、祭と夜這い話と民族衣装の子供たち・・

あの単調な唐辛子料理も忘れられない。

 

観光名所とされるゾンやお寺もたくさん見た。

しかしながら、トンサ・ゾンや、キチュ・ラカン、ニマルン僧院のツェチュ祭など一部を除いて、

いわゆる「景勝地」で真に心に残るものはやはり限られていたように思う。

 

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(道路を塞いでしまった岩を、みなでどかす)

 

心に残ったのは、やはり

あのミルキーで、どうしようもなく辛いブータン料理、

水分をふんだんに含んだ森の匂い、

日本の昔の着物のような民族衣装を着て、あぜ道(田んぼ道)を通学する子供たち、

酔ったブータン男たちの口から出てくる、夜這いの戦歴話、

土砂崩れで道路を阻んでいた巨大な石を、

みなで素手で動かした、あの祭のような時間・・・。

 

チベットと比べて、あの国の最大の魅力は、<あるべき日常>が

当り前のようにある― そこにあるような気がする。

 

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(左から、風の日本語ガイドのリンチェンとドルジ、そしてドライバーのニマさん。

ブータンの民族衣装「ゴ」を着ている。)

 

風のホームステイ先は、パロのツェリンさん宅である。

ツェリンさんの夫のクンガさんは、先日の選挙で村長に選ばれたばかりで、

僕が泊まった夜には役所のお仕事で不在であったが、

翌朝、ご挨拶をした。

 

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(パロにある風のホームステイ先、ツェリンさん宅の前には水田が広がっている)

 

僕はゾンカ語(ブータン公用語)はほとんど全く分からないが、

「Election(選挙)、タシデレ!」とクンガさんに言うと、

分かってくれたみたいで

「ありがとう、あなたがこの私の家に泊まってくれて嬉しいです」

と、なんとも古風なチベット語チベット語であれば古語に属するような

言い回しで答えてくれた。

(不学でよく分からないが、ゾンカ語の口語は、チベット語の文語に少し近いのかもしれない)

 

ツェリンさん宅の前は水田が広がっている。

散歩をしていると、田んぼの中を歩いている女たちが見えた。

どうやら田んぼに生える雑草をつぶしているようだ。

主に女性のやる仕事だという。

 

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(水田に生えた雑草を踏みつぶす作業をする)

 

彼女たちが「おーい、そのへんにころがっている枝を投げてちょうだーい!」と

僕に向かって叫んだ。

あの泥の中を歩きながら、枝を振り回しながら、こっちに声をかけてきたので、

何を言いたいのか察するのは容易だった。

ひょいと投げると、

「兄ちゃん、あんがとねー」、と返した(と思う)。

 

なんてことのない会話、である。

 

ところで、水田は水の安定供給が命である。

少なすぎず、多すぎず。

ツェリンさん宅のすぐ裏手には、水の流れを司る龍神の祠があり、

年に一度、僧侶を呼んで祈祷するようである。

この小さい祠がひとつ、生活のそばに佇んでいるだけで、

人々の心の安定に一役かっているのが、手に取るように分かる気がした。

 

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(ツェリンさん宅のすぐ裏手にある龍神の祠)

 

所は変わり、

中央ブータンのブムタンでも、ホームステイをする機会があった。

このお宅は、普通の田舎のブータン家屋、といえば語弊があるが、

とにかくもっと、田舎の匂いが感じられるお家である。

高僧の古い写真がこれでもかとばかりたくさん祀られ、そこを虫が飛び交い、

ドアには魔除けの護符が張られ、広間では家族が集まり、

ソバ粉で作ったパンを食べながら、

数日後にせまった村の祭のお布施について話しあっている。

 

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(ジグメさん宅では、家族で食を囲んで話し合い)

 

お宅の裏手を少し散歩してみると、小さな建物があった。

あれは何かと家主のジグメさんに尋ねると、ラカン(寺)だという。

鍵をあけてもらい中にはいると、数百年以上前のものであろう古い壁画が目に入った。

どうやら由緒あるお寺らしい。

中央奥には、グルリンポチェなどブータン仏教の中心尊格のほか、

この場所の土地神(日本でいうところの氏神のような存在)も祀られてある。

小さい像でありかつ、五色のカタでぐるぐる巻きにされており、

お顔は拝顔できなかったが、この神様の存在感は不思議と圧倒的であった。

 

僧侶のいないこのラカンでは、今はジグメさんが堂守をしている。

この土地神は、ジグメさん一家とともに生きているのである。

 

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(ジグメさん宅)

 

まだ咀嚼に時間はかかろうか、今回のブータン旅行。

 

本当に咀嚼ができるときは、おそらくはこれから2度、3度と訪れる機会に

恵まれたときであろう。

 

ただやはり思うのは、ブータンという国のよさは、

あたりまえの日常があたりまえのように流れている、これに尽きる。

 

国民総幸福(GNH)を国家の支柱にしていることや、

チャムの華やかな祭祀で紹介・宣伝されることの多いブータンであるが、

この国の本当の魅力は、そのような一過性でかつ局所的なものではなく、

それらを産み出している<あの土地そのもの>の中に広がっていると思う。

 

理念は華やかでいい。

しかし、土地というものは、

時代を超えたところから、最も直接的なやり方で、人々を潤す。

 

Daisuke Murakami

 

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(ニマルン僧院のツェチュ祭にて)

 

~お知らせ~

 

前々回の駐在日記で、飼い猫のシロに子供が産まれたことをご紹介しました。

大変残念なご報告となりますが、私がブータンへ発つ直前、突然亡くなってしまいました。

チベット・ラサの習慣にしたがって、翌日に水葬(ラサのキチュ河に流す儀式)で送ったので、

今はもうどこかに無事に生まれていることを祈るのみです。

 

みなさんからは温かい言葉をかけていただいたにも関わらず、ご報告が遅くなり、

大変申し訳ございませんでした。

 

母のシロはお蔭様で今は元気です。

今もうちのホテルの庭を駆け巡っています。

小鳥を捕まえてくるので困っています。

 

8月10日

(ラサの)天気: くもり時々晴れ、時折夕立あり。

(ラサの)気温: 11~23度 

(ラサでの)服装: 昼間はシャツ、Tシャツ、フリースなど。太陽が出ると、かなり暑いです。夜はフリースなど。日焼け対策は必須。空気は非常に乾燥しています。雨具は持ってきたほうがよいでしょう。ゴアテックスの雨合羽などは非常に便利です。