~ 人類学者の徒然なる詩考と猛想 ~

ラサへこころの準備、上空からサムイェ遥拝を経て、人気トゥクパ店へ [LHASA・TIBET]

日本からチベットへ帰るとき、

僕はいつもこころのなかである儀式をしている。

それは「魂」を飛ばす儀式―。

 

 

 

 

というと大袈裟に聞こえるかもしれないが、

ようは、チベット独特の空気感や緊張感を

日本にいながら心の中であらかじめシュミレートしておくのである。

そうすると身心とも順応しやすくなり、妙なストレスや期待もなくなり、

あの、いわば、大陸風の雰囲気・人間関係にスムースに入っていけるのである。

 

(PM2.5の空。)

 

そのプロセスのことを、僕はよく「魂を飛ばしておく」と言ったりするのであるが、

実はそれは、無意識のうちにやっている。

2~3割程度の「魂」が、勝手に先に中国経由でチベットに飛んでいくのである。

そして、残りの魂は肉体とともに、あとからやってきてラサで再び合一する、

という感じか。

こうやって改めて言語化すると変な感じになってしまうが、しょうがない(笑)。

 

それよりも重要だと思われるのは、

実際、魂を意識的に飛ばすのか、もしくは自然に飛んでいくのか、はよく分からないのだ・・。

 

ところで、僕は最近「チベット人の魂観」に非常に関心がある。

「マイブーム」といってもいいかもしれない、笑。

仏教においては厳格に否定されている魂の存在であるが、

それでもチベット人の魂(チベット語で「ラ」)への信仰は根強いものがある。

極論すると、チベット人の頭のなかでは、

魂というのは消失したり回帰したりするものではない。

それはなんと、増えたり減ったり、強くなったり弱くなったりするものなのである。

つまりは、「存在する」/「存在しない」、「1」/「0」、のデジタル的な実体ではなく、

状況に応じてアナログ的に増減していくものとして捉えられている。

 

そういうチベタンの感覚に知らず知らずに影響され、

「少しだけ魂を飛ばす」などと、やってしまうのかもしれない(苦笑)。

 

(一昨日前のポタラ宮殿前。巡礼者がたくさん歩いていた。)

 

それはともかく、

チベットへの道中、魂なり心なりが一気にチベットへ引き戻される瞬間がある。

それは、言うまでもなく、飛行機でチベット高原上空を飛んでいるときである。

最近は快晴に恵まれることが多いので、

太陽の光に鮮やかに照らされた雪山の襞(ひだ)が、

深い青空の下に遠く広がっているのが見える。

それはそれは、美しい。何度見ても美しく、神々しい。

単純な表現で申し訳ないが、本当にそうなのである。

成都から飛行機でラサ入りするみなさんは、ぜひぜひ窓側に座って欲しい。

 

(中央、楕円形にみえるのがサムイェ寺。写真は今年の7月。)

 

右側でも左側でもどちらでもよいのだが、

右側に座ると、ラサ空港到着の少し前に、眼下にサムイェ寺が見える。

サムイェ寺とは千数百年前、チベットに初めて建てられた僧院であり、

建物の配置の構造が、須弥山を中心とする古代インドの宇宙観を

具現化したものとなっている。

上空からそれを遥拝できるのは、なかなか感慨深いものがある。

 

サムイェの周囲にある岩山の連なりと、ヤルンツァンポ河の青い水が目に入ってくる。

「ああ、ラサに帰って来たな」と思う瞬間である。

 

(中央すぐ下、山の麓沿いに、白が横に小さく長く見えるのはドルジェタク寺。)

 

ちなみに、進行方向向かって左側の窓側に座ると、

空港到着の少し前にツェタンの街が広がって見え、

その谷奥には、古代チベット王朝の最初の王ニャティツェンボが

天から降り立ったといわれるヤルラシャンポ山が見える。

一山突き出ているので、分かりやすいであろう。

 

さて、

空港に到着して車に乗り、やっとラサの街に着く。

時間はすでに昼過ぎである。

成都→ラサの便は早朝なので、朝ごはんを食べていない。

腹が減っている。

行き先は決まっている。(日本を発つ前から決めていた。)

行きつけの茶館である。

目当ては、ヤク骨出汁の薄スープに浸った、硬麺のトゥクパ(チベット麺)!!

 

* * *

 

その茶館の名は、ルグ茶館という。

この数年、ラサ人の間で絶大な人気を誇っている名物茶館である。

ここのトゥクパは、麺の硬さとスープの美味しさ、

そして他を圧倒する激辛唐辛子で名を馳せている。

午前中にいくとチベタンで溢れかえっており、年配の方も多い。

美味しそうに麺をすすりながら、スイートティーを喫しながら、

「ここのトゥクパは二日酔いに効くんだ」などと、見ず知らずのチベタンが、

僕に説法を説いてくれる。

 

この不可思議な効用、

超激辛唐辛子で、身体感覚が一時的に麻痺してしまっているだけとちゃうんか!

とツッコミたくなるが、

おそらくチベット人は我々とは異なる味覚、アルコール覚をもっているので、

僕はこの説法のときはいつも、そうなんかぁ、とだまって聞いている。

 

(ラサにあるルグ茶館のひとつ。ラサに氾濫するケバケバ看板には珍しく、

風流にも筆記体で「ルグ伝統トゥクパ」とだけ書いている。昔は漢語さえなかった。)

 

このルグ茶館、今やラサには十店舗以上あるのだが、

その始まりは、ラサの「ルグ」というエリアにあった小さなひとつの茶館であった。

当時のルグ茶館は人気も普通程度で、とりたてて騒がれてはいなかったようである。

 

しかしこの茶館が、区画整理のあおりをうけて突如取り壊されてしまった。

同時にその独特なトゥクパの味わいも、

ラサ人の舌から永遠に奪われてしまった、のである。

 

そこでオーナーは一念発起する。

 

ラサじゅうにフランチャイズで同名の茶館をどんどん作っていったのだ。

もちろん味もオリジナルを再現した。

非常に興味深いことに、この茶館、一度この世から去り、ふたたび復活した途端、

ラサを代表する超人気茶館へと生まれ変わっていった。

見事な茶館の輪廻転生であった。

 

そしてこれは同時に、ルトゥク・ブランドの誕生、であった(「ルトゥク」とは、ルグのトゥクパという意味)。

まるで「死して生きる」境地を地で行くような茶館である。

 

御託はこの程度にしておき、とにかくこのルトゥク、

唐辛子は極力少なめに入れてもらって、一度みなさん試されるとよいだろう。

 

(麺を茹でる、ルグ茶館のお姉さん。)

 

チベットに「魂」を戻していくのには、風景を見て感応していくのもよいが、

最後のシメ、魂をちゃんと固定する最後のシメは、

やはり土地の食べ物が一番かもしれない。

 

あれこれ思う、ラサ初日の昼過ぎであった。

 

Daisuke/Murakami

 

 

12月18日

(ラサの)天気: 快晴

(ラサの)気温: -9~8度

(ラサでの)服装: 昼間・夜間とも、厚手のダウンがオススメです。防寒用の帽子や手袋もあったほうがいいでしょう。日中でも日陰はとても寒いです。空気も非常に乾燥しています。ラサの冬対策の詳細については、こちらをどうぞ。

 

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