~ 人類学者の徒然なる詩考と猛想 ~

「虹の泉」の秘密 [LHASA・TIBET]

先週のある日。昼過ぎ。

現地手配会社の日本部長のハン君から突然電話がかかってきた。

「みんなで今からリンカ(ピクニック)に行きますよー! 

よかったら大輔さんも来てください!」

 

 

 

 

ちょうどそのとき、僕は読書に没頭していた。

外は大雨。

真っ昼間だが外は暗い。

雨の音と匂いが窓から部屋の中に入ってくる。

それが心地よく脳の中を刺激している。インスピレーションも浮かぶ。

雨に囲まれる中、身体が頭がまさに「その世界」(アイディアの世界)に入ろうとしていたのである。

 

ちょうどそのとき、

「みなで今からリンカに行きますよー! 大輔さんも来てください!」、である。

僕は「ああ、分かったよ」と電話口で気のない返事をしたが、

自分でもなにが「分かった」のかよく分からないままの返事である。

 

「リンカ」とはチベット語でピクニックのこと。

チベット人にとって夏の最大の娯楽であり、

飲んでは歌い踊り、ゲームなどに興じる野外パーティである。

この娯楽を疎むチベット人はまずほとんど皆無といっていいだろう。

それほどチベット人にとっては

汎民族的かつ、有無を言わせぬ「伝統アクティヴィティ」なのである。

 

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ポタラ宮にあるリンカの壁画。サイコロ賭博「ショ」とチベット麻雀「バ」に興じる貴族たちが見える。)

 

僕は、

「せめて前日ぐらいには連絡せえよ・・ なんで<今>やねん」。

「外は大雨やぞ。 行きたくないなぁ・・」。

「つい先日もリンカやったんとちゃうんか・・。 

ほんまチベット人、どこまでリンカ好きやねん」

と心の中でぶつぶつ言いながら、おもむろに着替え始めた。

 

大雨の中、タクシーを走らせ現場に向かう。

途中ラサの中心街を通ったが、水はけの非常に悪いラサはもうすでに水浸しである。

「ほんまにこんなんでリンカかいよ・・」。

何をやっているのか自分でもよく分からなくなってくる。

 

リンカ場に着くと、

みなはもうテントハウスの中でリンカムード一色である。

麻雀のじゃらじゃら音、ショ(サイコロ賭博)の掛け声、子供の遊び声と泣き声・・。

お茶とビールを注がれ、お馴染みの「塩ゆでヤク肉」をあてがわれる。

すると、タクシーの中でも研究読書モードが止まらなかった頭は、

少しずつ「リンカの渦巻き」の中に溶け込み始めた・・。

 

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(麻雀をするハン君、ペンバ、和恵、ツェサン。)

 

僕を電話で呼び出したハン君は、雀卓をにらみながらなんか機嫌が悪そうだ。

負けこんでいるのであろう。

思っていることがすぐ顔に出てくる彼は、

たぶん、みんなから悲しいほど手を読まれているのかもしれない。

それに比べて、ポーカーフェイスはペンバ(英語ガイド)と和恵・ダドゥン(日本語ガイド)である。

彼ら二人は、手つきも顔つきもすわっていてなかなか勝負師の感じがする。

 

隣にいたダワツェリン・ヤスオ(日本語ガイド)に、お前は麻雀やらんのか、ときくと、

捨てる牌を間違え、いろいろ顔にすぐ出てしまうので、

あまり麻雀には向いていないと言う。自分でちゃんと心得ているようだ。

先生、ショ(サイコロゲーム)をやりましょうというので、数戦交える。

 

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(「ショ」をするヤスオとキャンプ料理師のロギャ)

 

双六に似ているショであるが、変な即興ルールがあるのが通例だ。

出るサイコロの目によって自分が飲んだり、相手に飲ませたりするルールをつくり、

途中から、ショをやっているのか飲み合いをやっているのか

よく分からなくなってくる。

 

ゆっくり自分のペースでビールを飲むのは好きなのだが、

チべタンの極速ペースにはとてもじゃないが付き合っていられない。

僕はリンカは好きなのだが、これが嫌なのだ。あまりにも速すぎる。

 

酔い醒ましのため、逃げるようテントの外に出た。

 

雨はとっくにやんだみたいだ。陽射しが少しさしている。

夏の天気は子供の気分などとラサでよく言われるが、

全くその通りで、「天の気分」はあっと言う間に変わったようであった。

 

雨で洗われたばかりの空気は澄んでいてとても気持ちがいい。

路上の水たまりに木漏れ日が射している。

そこを、奥まで、ずっと奥まで歩いていく。

歩くのも息を吸うのも気持ちいい。

空間の気の流れがとてもいいのである。

 

さらに少し行くと、前に小さな池が見えた。

サンクン(大香炉)もそばにある。

ここは・・なんだろう?

近づくと池の水面に、雨で洗われた青空と樹木の陰が静かに映っている。

それが木々を通して柔らかくなった太陽光と混じり合いながら、

深みのあるとても綺麗な色合いを演出していた。

美しいな・・まるで虹のよう・・。

虹!? 

まさか!

 

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(リンカ場に池が。)

 

* * *

 

リンカのちょうど一週間ほど前。

僕は何年も前に書いたフィールドノートというか、覚え書きの類を整理していた。

そして、ひとつの走り書きを見つけたのだった。

不思議に気になったので、それをそのままポストイットに書いて卓上カレンダーに張り付けていた。

 

「ラサにある<虹色の泉>? どこにあるか調べて、いつか見に行くこと!」

 

* * *

 

これはまさか、あの、ジャツォンチュミ(虹色泉)か・・?

 

この池の周りを回っているおばあちゃんがこちらに近づいてきた。

おばあちゃんに、これはもしかして、あの有名なジャツォンチュミでしょうか? と聞くと、

そうだよ。ここにはね、たくさんたくさん龍神様(ル)がいるんだよ。

やたら汚したり騒いだりしちゃだめだよ。

それから、この池には落ちやすいから落ちないようにね。

 

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(龍神の棲む、静かな池「ジャツォンチュミ」。水面に青空が映る。)

 

このジャツォンチュミには、ちょっとした言われがある。

龍神や水の魔(チュシン)などの神霊のほか、

なんと「ツォラン」とよばれるオットセイやセイウチといった動物に会えるというのだ。

現に鳴き声を聞いたことがある人が何人かいるようである。

和恵(ダドゥン)のお母さんも5年ほど前にこの泉のそばを通った時、鳴き声を聞いたという。

 

チベット人、ツォランを見たこともないのに、なんでその鳴き声が識別できるのか!?

というまっとうなツッコミはあまりここでは適さない。

 

それよりも、

地面の中にぽかっと空いたその「水の穴」は、異様に深いように思われた。

そして、その底は実は底というものが無く、

どこか別の世界と繋がっているかのような妙な感覚をこちらに抱かせる。

それほどの静かな深みが感じられる空間なのである。

大雨がついさっきまで降っていたので、

雨を降らす張本人とされる龍神がそこかしこにいて、

ちょうどこの泉の中から出たり入ったりしていたのかもしれない。

 

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(龍神「ル」)

 

最初はいやいやリンカに出かけたその日。

思いもよらず、<大雨>から<虹の泉>に導かれることになった。

 

そして、龍神様はやはり、静かで綺麗な水場が好きだったのだ。

 

Daisuke/Murakami

 

追記:「チベットの龍神の怖さ」については、この昔の日記も参照してください。

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(昨日夕方、ラサ上空に突如現われた吉祥の徴(しるし)。「ほら貝」雲。)

 

7月29日

(ラサの)天気: くもり時々雨

(ラサの)気温: 12~23度(今月に入って、雨が多くなりやや涼しくなっています)

(ラサでの)服装: 昼間はシャツ、Tシャツ、フリースなど。 夜はフリース、ジャンパーなど。 帽子、そして日焼け対策は必須。空気は非常に乾燥しています。雨期なので雨具も忘れずに。

 

 

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