ラサ郊外へ巡礼 [LHASA・TIBET]
ラサの北方に広がる山々には、
規模は小さいものの、多くのゴンパ(僧院)や祠が点在している。
僕もそのすべてを廻ったことはないのだが、
先日、初詣を兼ねてゴンパをひとつ訪ねてきた。
その名はガル(ガリ)ゴンパ、尼僧院である。
この尼僧院には、次のような縁起が伝えられている。
11世紀末~12世紀初頭、
パダンパ・サンゲーと呼ばれるインドの大行者がチベットにやってきた。
彼は、シチェ派と呼ばれる流派を伝えた聖者であり、
チベット仏教の歴史の中で、最も有名な大行者のひとりである。
(パダンパ・サンゲー)
彼がラサに(尼僧院ではなく)僧院を建てようと考え、
あたりを彷徨っていたところ、とても疲れてしまい、岩場で休んでいた。
すると、どこからともなく白牛が現われ、パダンパに乳を捧げたという。
乳をすすった瞬間である― パダンパは突然、母が非常に恋しくなった。
そして思わず「アマ!」(母ちゃん!)と叫んでしまう。
それで、その叫び言葉の「ア」字が岩場に刻まれたという。
今でもそのア字が残っているとのことだが、
僕がみたところほとんど消えかかっており、見えなくなっていた。
だがこの岩は、<母ちゃん岩>(ダク・アマ)として、今でも地元でよく知られている。
(“母ちゃん岩”)
さてパダンパが、
はてどこにゴンパを建てようかと、周囲を見渡しながら思案していると、
遠くで女やカンドーマ(空行母)が、楽器を弾きながら乱舞しているのが目に入った。
カンドーマとは、行者が観想などで実体化させる<聖なる女性性>である。
これは吉兆の徴(しるし)!
ここにゴンパを建てよう、名は踊り「ガル」と名付けよう。
カンドーマがいることから、僧院ではなく女性の尼僧院を建てることにしよう。
と、なんとも典型的というか、よくある行者の直感で、
向こう千年間のこの谷の<場の歴史>は定まってしまった。
長くはシチェ派の行場として(この数世紀にはゲルグ派の行場として)、
数多くの尼僧たちの聖なる隠れ家として、その谷は捧げられることになったのだ。
たしかにこの場、
ラサに非常に近いにもかかわらず、まるで隠れ里のように奥まったところにあり、
それも、平地をよく見渡すことのできると同時に、天空の青にも近い高所である。
さらに、すり鉢状に奇岩含みの山が囲み
― もちろんそれらはお決まりのように、神仏の顕現する姿となっている ―
そばに水場などがあることから、聖地の好条件がいくつか揃った空間となっている。
(ガルゴンパへ行く途中にて。振り返ってラサ市街を見る。)
上に、「平地を見渡すことができると同時に空にも近い」と書いたが、
山のてっぺん近くに行けば、みなそうやないけ!
と突っ込みたくなるであろう。しかしながら聖地研究者は、
このなんでもないかにみえる空間性に、もっと注目してもいいような気がする。
さて、ガルゴンパ詣でであるが、
今回はチベット人の友達何人かと行った。
彼らにはゴンパに親戚がいるようで、僕らは非常に歓待された。
お昼ごはんもご馳走になった。
味の素がたくさん入っているような気がしたが(苦笑!)、
野菜はなんとゴンパの前にある簡易ビニールハウスで、尼さんたち自ら作っている。
また、ヤクも100頭ほど谷間で放牧しており、
なかなか経済状態も悪くないような印象を受けた。
(放牧中のガルゴンパのヤク)
尼さんの何人かのお部屋に招待されお邪魔したが、
さすがレディーである。部屋はとても小奇麗かつ清潔感がある。
キティーちゃんをはじめ、多くの人形がベッドの周りに飾ってあるのも、
修行の身とはいえ、なんだか愛らしく感じられた。
日本のアニメの『一休さん』もどきの目覚まし時計も食卓に置かれてあった。
「あわてない、あわてない、ひとやすみ、ひとやすみ」
とでもこの時計は鳴るのであろうか。
これでは眠り続けてしまうであろう。
彼女たちの部屋の写真も撮りたかったが、やはりレディーなので遠慮してやめた。
(ガルゴンパの本堂)
ところで、
ラサにある数多くの僧院、地元の人間でもすべては廻ったことはないであろう。
そして、その歴史や縁起については、意外なほどみんな知らない。
そこで、字の読めるチベット人たちは、巡礼に行く前、
ラサの「聖地誌」(ネーイック)と呼ばれる本などに目を通し、
歴史など背景を頭(と心)に入れた上で、巡礼に行くことが多い。
僕などチベット語のわかる外人も、この本をいつも参照にする。
いわば、<ラサ巡礼の虎の巻>である。
(最も人気のある現代ラサの聖地誌)
チベット語が少しでも分かるのなら、
日本語や英語のガイドブックのほか、
この虎の巻を片手にラサ巡礼を楽しむのもいいかもしれない。
チベット人の(もしくは、チベット文化の)目線というものが感じられるからである。
翻訳してほしい!という声が聞こえてきそうであるが(笑)、
二十代の若い研究者などに声をかけてみるのもいいかもしれない。
*
それにしても、雌牛から乳をもらって、母ちゃんが恋しくなる大行者や、
女が踊っているから尼僧院にしよう!その名は「踊りゴンパ」にしようなどと、
なんだかふざけているようにも聞こえる。
が、その直情性・直接性はいかにもチベットの精神風土そのものである。
Daisuke/Murakami
1月23日
(ラサの)天気: 快晴
(ラサの)気温: -6~8度
(ラサでの)服装: 厚手のフリース、ダウン、コートなど。晴れの日は日差しがとてもきつくなるので、日焼け対策は必須。空気は非常に乾燥しています。この季節、雨は降ることは少ないですが、雨具は念のため持ってきたほうがいいでしょう。
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